「あ」

アメリカ・インディアン
ネイティブ・アメリカン」
(北米の先住民)

ティピー

トマホーク
アパッチ族
アリゾナ州、北メキシコあたりに住んでいた部族4つの部族の総称チリカウア、メスカレロ、リパン、ヒカリアがアパッチ族でで、コチーズ、ジェロニモなどが有名、政策でニューメキシコの不毛の地サンカルロスに移住されられる。この政策に反抗したのがジェロニモです。「駅馬車」「ジェロニモ」に登場
コマンチ族
大平原地方南部に居住、野牛狩りで生活。インディアンの中では最も乗馬に長けていた。17世紀にメキシコ人から逃げて野生化した馬を調教し他の平原インディアンに売っていた。西部劇を創ってくれた恩人。映画では「コ゜ーストタウンの決斗」「捜索者」に登場
シャイアン族
大平原地帯に居住、農耕、野牛狩りで生活。勇猛でスー族との連合で第7騎兵隊を全滅させる。映画では「ダンス・ウイズ・ウルブズ」になどに登場、
スー族{ダコダ}
北部大平原地帯に居住、野牛狩りで生活。勇猛で1876年にシャイアン族との連合でカスターの第7騎兵隊を全滅させる。レッド・クラウド、クレイジー・ホース、シッティング・ブル酋長が有名。
カイオワ族
テキサス州南西、ニューメキシコ、コロラドに住んでいた平原インディアン、映画では「許されざる者」に登場する。
上の部族は「西部劇」に良く登場する部族でありその他にチョクトー、ショーニー、イロコイ、モヒカン、チェロキー、ナヴァホなど北米だけでもやく50部族が住んでいた。
                用    語
ゴーストダンス
狭い保留地に入れられたインディアンの間に昔を懐かしむ事から始まった日本の念仏踊りのようなもので「ある朝目覚めると白人は消え失せ昔のようにバファローが無数に遊んでいる」事を祈り踊ること
サンダンス
救済を求めるものもあるが神からの啓示を受けるためにすることもある。断食、水断ちをし体に傷をつけ祈る。ひどい時は手の切断まであったようだ。有名なところではシッテングブルのこの祈りでは40ケ所に傷をつけ肉をそぎ見えた物がカスターとの戦いの勝利だったらしい。映画では「馬と呼ばれた男」に出てきますね。
スカルプ
もともとはインディアンの部族間の争いのなかの儀式であったと思うのですが白人が入り殺した印としてそれがお金に替わるということでさかんになった行為つまり頭の皮を剥ぐことであ
ティス・ウイン
アパッチ族がトウモロコシから作っていたアルコールの度数の低い酒
ティピー

左上の写真の骨組みの木にバッファローの皮を張り合わせたテント、主にスー、シャイアンなどのバッファロー狩りで生計を立てていた部族に多い
トマホーク
インディアンが戦いで使っていた手斧、特に投げるとバランスよく斧が刺さる。「マッケンナーの黄金」「平原児」等がリアルでありました。写真の物は儀式用でパイプとの兼用である。
バンド
アパッチに多い習慣だが襲われたときに部族の全滅を防ぐため普段はバンドという小集団で生活していた

美しく装飾された平原インディアンのシャープス単発ライフル
アンクル・トムの小屋
ハリエット・ビーチャー・ストー婦人の書いた小説で1852年3月に出版された此の本は奴隷家族の悲劇を劇的に書き上げ、劇にもなって北部各地で上演された。折からの奴隷解放運動と重なり。南部に対する憎悪を引き起こした。南北戦争中ホワイトハウスに婦人がリンカン大統領を訪問したおりにリンカンが「貴女がこの大戦争を引き起こした本を書かれた小さなご婦人ですね」と挨拶したことは有名である。
L・N・マクネリー
1874年テキサス・レンジャースが再建されたときに特別部隊を率いてメキシコ国境を取り締まった。17歳で南軍に参加70年に州警察の隊長となるが州警察が解散された後レンジャースが再組織された時これに参加した。無法の国境地帯で大活躍、30名で国境を越え10倍のメキシコの無法者と戦い家畜を取り戻した。彼は小柄で細く声も優しかったが勇敢なことでは誰にも負けなかった。悪党キング・フィッシャーも彼にはかなわず専用道路の看板を下ろした。持病「肺結核」があったため活躍は2年と短かったが76年10月の引退後も彼の名声は今も残る。映画は2001年「テキサス・レンジャース」がある。
イエローストン・ケリー
本名ルーサー・セジ・ケリィ1849年ニューヨーク生まれ南北戦争最後の年に年齢を誤魔化し北軍に入隊。ミネソタ、ダコタと転戦した時に、この地方に惹かれた。68年軍を辞めて単身イエローストン川上流を歩きインディアンと交友を持つ、シッティング・ブルとも友人となりイエローストン・ケリーと呼ばれるようになる。73年軍のスカウトとなり76年スー族が蜂起するとマイルズ将軍のチーフ・スカウトとして大活躍、チーフ・ジョゼフのネズ・ピアス族の最後にも立ち会う。平和になると冒険を求めてアラスカ、フィリピンと足を伸ばした。年老いてカリフォルニアで結婚、落ち着いて1928年に没した。遺体は遺言でモンタナのイエローストン川の岸辺に埋葬された。映画は「イエローストン砦」クリント・ウォーカー、1959年がある。
ウイチタ
映画「赤い河」はアビリーンでしたがテキサスからの牛を受け入れるカンザスの鉄道の町は何所も大変だったようで、ダッジ・シティだけてなく、此処ウイチタの町も同じだったようだ。1868年から1871年の間に保安官が7人も変わった。1871年マイケル・モーアーが保安官になりやっと落ち着いたという。この当時アビリーンの保安官はワイルド・ビル・ヒコックだった。
ウイリアム・シャーマン将軍
陸軍士官学校卒業、そして他の卒業生も似た経歴だが彼もメキシコ戦争に参戦、その後の南北戦争ではグラント将軍のもとで西部戦線で戦う。チャタヌーガそしてグラント将軍がリンカン大統領に引き抜かれ東部戦線に移動した後アトランタを攻撃占拠した有名な猛将である。第二次世界大戦の主力戦車に名前を残している。南北戦争後は対インディアン戦につき、彼らを制圧するには軍隊を増強するよりも鉄道を発達させる方が有効だと言うのが彼の見解だった。鉄道や電信で圧倒すれば「木の葉のようにかたまって沢山いるインディアン達は、みんなバラバラになってしまう」とのことであったらしい。
ウイリアム・ティルマン
35年間保安官を勤めた。1854年アイオワ生まれ、16歳で西部に入りバッファローハンターとして腕を上げた。77年タ゜ッジ・シティのシェリフ、バット・マスターソンに請われて助手となる。助手を4年正保安官を3年務めてオクラホマが白人に解放されると、この地方の連邦保安官補となり治安にあたった。ベリーの保安官、オクラホマシティの保安官主任などを歴任し住民からは「アンクル・ビル」と呼ばれ尊敬された。無法者も尊敬し、後ろから彼を撃とうとした部下をドーリンほどの悪党が止めたという。クリス・マドソン、ヘック・トーマスという名保安官と組んでドーリン・ギャングその他多数の無法者を捕まえている。老後何とハリウッドに招かれ「西部劇」に出演している。1924年石油に沸く町クロウェルの町に請われ保安官になるが何者かに背中から撃たれて死亡。
西部劇における馬
「西部劇」に登場する馬は軽種馬に所属するがクォーター・ホース以外はスペイン人が15世紀後半にメキシコに持ち込んだ11頭の雄と5頭の雌がルーツの様だ。その馬「アンダルシアン」はスペイン系ポニーと北アフリカのバルブとの交配種である。此の馬達から増えたものが野生化しメキシコ以南はクリオーロとなり北米はムスタングとなった。それをコマンチ族が捕らえ調教、そして他の平原インディアンに売ったことで北へ北へと馬がひろがりアパルーサなどはオレゴン州のインディアンによって改良されたものである。地名パルーサ川からその名が付いた

クォーター・ホース
「西部劇」の乗馬のなかで最もポピュラーな馬、1756年にヴァージニア州で飼育されていたイギリス産のサラブレッドにアンダルシアンを交配させて創られた。名前の由来はクォーターつまり1マイル1600mの1/4、400mの距離をこの馬で競った事からついたらしい。ちなみにサラブレットではゴール前の600mをダートでは40秒弱で走る。「ダンス・ウィズ・ウルブズ」のUSの烙印のある馬はこの種類でシスコと言う名の名優であります。
ムスタング
16世紀には500万頭の野生化した馬が生息していたと推測されているが、此の馬もその中の1種類で「ムスタング」の語源はスペイン語の「群れ」からきているらしい。北米の平原インディアン、カウボーイ、テキサス・レンジャースがこの馬を調教して乗馬にしていた。背丈は少し低いが持久力、スピード共に秀でた馬である。
アパルーサ
名前はオレゴン州のパルーサ谷に由来する。斑点模様のアンダルシアンの子孫でオレゴン州でネパース族によって改良された。しかし1877年騎兵隊が彼らの地に入って絶滅しかけたのだが、牛追い用の馬としてスタミナもあり、未開地にも強いため飼育が始まり現代では一番多く飼育されているらしい。体の模様は5つのパターンがあるレパート、スノーフレーク、ブランケット、マーブル、フロストである。映画では「シェラマドレの決斗」「折れた矢」などに登場
ピント
北米の馬のなかでこの馬は品種では無く、アンダルシアンの交配のなかで生まれた毛色による分類らしい。ピントは茶色のなかに白の迷彩模様が入りインデイアンにこの保護色が気に入られ多く乗用されている。
パロミノ
ピントその中の一種パロミノは美しい茶色と言うよりも金に近い色に純白の鬣が靡き、名前の由来はこの美しい馬をスペイン王パロミノに贈ったことからついたらしい。パロミノはその美しさからメキシコの牧場主「チャルロ」に愛された。映画「マクリントック」でチル・ウイルス扮する執事がジョン・ウエインの娘ベッキーが東部から帰ったときに、「パロミノの子馬をプレゼントするからね」と言う台詞がありましたね。
ーバーズボン「シャップス」
棘の多い茂みなどで馬を使うと乗り手のズボン、足などを傷つける。そのためにズボンの上に着ける皮製のオーバーズボンが考案された。最初は真ん中の「アルミタス」で夫々の土地で工夫がされ発達、ショットガンズ、バットウイングと言ったものが生まれた。北部では冬の寒さも防ぐためにアンゴラ山羊の皮で作ったものが考案されウーリーズと呼ばれている。