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ランダル銃 スティーブ・マックィーンの出世作とも言えるTVの30分西部劇「拳銃無宿」の主人公ジョッシュ・ランダルが使用していたウインチェスターM92を銃身、台尻を切り詰めた銃昭和17年から25年生まれの少年達のあこがれの銃です。マックィーンの自伝の本の中で読むとウインチェスターM92で作ったらしいですが空砲試射で反動があまりにも大きく火薬量を1/4にして使用したそうです。昔西部で使われたショットガンの切りつめたものをホグス・レッグ「豚の脚」と呼んだことから此の銃はメアズ・レッグ「ロバの脚」と命名されたそうだ。だがこの銃の実包は44−40、ガンベルトの実包は後年彼が演じたトム・ホーンが使っていたウインチェスターM1876の45−60という強力な実包です。その実包だとこのチューブ弾倉には3発ほどしか入りません。やはり劇として面白くするためにこんな銃を創ったのでしようね。 |
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リンカン 16代大統領1860年当選と同時に南北戦争に突入。ゲティスバーグの戦いで北軍が勝利を決めたときの最も短く最も有名な演説「人民の、人民による、人民のための政治」をしている時のスケッチですが、詳しく書くときりが有りませんので、奴隷解放をした大統領と書いておきます。そして1865年南北戦争が終わると同時に観劇中、南部出身の俳優ジョン・ブースに頭を撃たれ死亡する。お気の毒なのは南北戦争で息子さんを複数戦死で喪っている。 |
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ルーク・ショート テキサス州フォートでファッション、銃、ギャンブルで超一流と言われたようだが銃に関してはいまいち、生涯の撃ち合いは3回という。テキサスでスー族相手に非合法の酒を密売していたが発覚、追放されコロラド州へ、リード・ビルの町で賭博を始め如何様賭博師を撃つ。その後ダッジ・シティに行きアープ、マスターソンと友人になる。アープがトゥムストンに行った時に同行、この町で高名な賭博師チャーリー・ストームと撃ち合い勝利する。ダッジに戻り酒場を経営するが市長派に虐められた。このときマスターソンとアープがダッジに乗り込んだ。このとき創られたのが「ダッジ平和委員会」である。この後フォート・ワースに移住、酒場「白象」を経営する。しかしここでもコートライトという男を射殺する。そしてここで39歳で病で死んだ。 |
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ロイ・ビーン テキサス州ペコス河以西で「ペコス以西の法律、ロイ・ビーン判事」の看板のある法廷兼酒場で、自分の思うままの判決で、テキサスの西部の治安に一役買った名物男。英国の女優リリー・ラングトリーの大ファンで鉄道が開通した時に町の名前をこの女優の名前にした。テキサス・レンジャースの要請で1882年正式に治安判事となる。彼の死後酒場兼法廷「ジャーシー・リリー」は今も残っていて観光地の一つとなっている。映画は「西部の男」のウォルター・ブレナン「ロイ・ビーン」のポール・ニューマンが有名。 |
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ローズ・オブ・シマロン 本名はローズ・ダンといいビター・クリークの愛人。荒々しい西部女では無く、素直で優しい娘だった。二人は兄のビリー・ダンに紹介されて愛し合った。彼を助けるためにライフルを撃ったり、馬を飛ばすとかの伝説は本当ではないが彼のためには命も投げ出すという激しい恋ということは事実のようでインガルスの町では彼女の悪い噂は無かった。ビター・クリークが殺されこの恋は終わり、ビターに似た鍛冶屋と結婚したが是も夫の死亡で結婚生活は短かった。ローズはワシントン州に行き再婚ここで一生を終えた。映画は「シマロンの女拳銃」1952年がある。 |
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| ロバート・エドワード・リー ヴァジニア州出身。よほど良く出来た人だったのだろう。ウエストポイントを次席で卒業すると、メキシコ戦争へ出征、この時の武勲で母校ウエストポイントの校長となる。南北戦争勃発直前に大佐に昇格した。人材に不足していたリンカン大統領に北軍に留まるように説得された。、リー自身は戦争に反対であったが故郷ヴァジニアが南部連合になった以上故郷と運命を友にすべく南部連合軍へ参加した。ヴァジニア州軍より少将に任命されそして南軍の中将として東部戦線で活躍、銃、弾薬、兵士という物理的な不利を卓越した戦術で補う。彼が南軍の総司令官になった3ヶ月後北軍に降伏。戦後はレキシントンのワシントン大学の学長となり南部子弟の教育に力をそそいだ。 |
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