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ワイアット・アープ 映画でおなじみだが1848年3月19日イリノイ州に生まれた。ワイアットが16歳の時に一家はカリフォルニアに移住した。バッファロー猟師をしていたが、カンザスのウイチタ、ダッジ・シテイで保安官をして名をあげた。常に2人の兄弟と組んで活動した。彼の名を特に有名にしたのはアリゾナのトゥームストンで連邦保安官補佐をしていた時におきた「OKコラルの決闘」である原因ははっきりしないが羊の飼育者と牛の飼育者の利害関係で起きたらしい。アープ側にドク・ホリデイが加勢、アープ側の大勝利になったが住民の半分はアープ兄弟とホリデイをリンチしたがったという。此の後アープは2人の兄弟を敵の闇討ちにより1人は死亡1人は負傷ということになる。アープは復讐のため犯人仲間を次々と射殺、一時はお尋ね者にもなったが晩年はカルフォルニアに落ち着き1929年ロサンジェルスで亡くなる。そして、この兄弟は同じような髭を蓄え顔が非常によく似ていたようでいろいろと人に間違われたという。映画は「荒野の決闘」「OK牧場の決闘」「墓石と決闘」 |
| ワイルド・ビル・ヒコック 伝説化されて名高い西部のガンマン本名ジェームズ・バトラー・ヒコック、イリノイ生まれ。15歳で父と死別し、賞金目当ての狼猟師、駅馬車の御者、南北戦争では北軍のスカウト、スパイとして活躍「ワイルド・ビル」の呼び名を得た。1865年スプリング・フィールドでの決闘が雑誌に載り西部一のガンマンとして伝説化された。いろいろな町で保安官を務めた後テキサスのアビリーンの保安官になり名をあげる。しかし1871年アビリーンは牛の積み出し駅の機能を停止した。ヒコックは保安官を辞職バッファロー・ビルの芝居巡業に加わるが半年でやめる。この頃から目を病んでいたらしい。1876年ゴールド・ラッシュにわくダコタのブラック・ヒルズ・デッドウッドで賭博中に背後から撃たれ死亡。映画ではやはりゲーリー・クーパーの「平原児」が有名、拳銃はコルト・ネービーモデルを愛用。 |