@、ジェシー・ジェームズ伝
今回ブラッド・ピッド主演での「西部劇」らしくない「ジェシー・ジェームズの暗殺」が公開されますね。彼は「リバーランドスルーイット」を見た時からいい俳優だなあと思っておりました。いつか彼の主演で西部劇がと待っていた一人です。私もこの映画はまだ見ていないので、細かくは見た後訂正するとして当時のミズーリ州の事情、などを少し書いてみたいと思います。丁度合衆国中央に位置するこの州は、南北戦争で大きく揺れ動きます。中央をミシシッピー河が南北に流れ大都市セントルイスを持ちそこに西からミズーリ河が流れ込む。その河を西に遡ると隣のカンザス州との境に西部の入り口、カンザスシティがあるという地形。地区的には北部であるが東北部セントルイス地区には北部人が多く住み、河川交通が盛んであったので南部からも移住者が多かった。ミシシッピー流域で彼らが働かせていた奴隷の人口は1860年当時で10万人を超えていた。やがて戦争勃発リンカン大統領はミズーリに出兵を要請するが知事クレイポーン・ジャクソンは公然とこれを拒否。対北軍用に州自衛軍を設立し南部同盟軍に派兵した。一方ドイツ系を中心とした北軍派も義勇軍を組織し北部連合軍に参加した。南軍に11万8000人、北軍に11万6000人と言われているが一説では北軍11万人南軍4万人という説もある。州内では初期は南部優勢であったがカンザス州の北軍が知事ジャクソン派を追い出しハミルトン・ギャムブルを知事にすえる。ここから南軍派はゲリラ戦術を取るようになり何組かのゲリラ部隊が誕生する。このなかでもっとも有名かつAB級西部劇に登場するのがウイリアム・C・クァントリルの部隊だった。この部隊にジェームズ兄弟、ヤンガー兄弟がいたのである。カンザス州ローレンスの町などは二度も襲撃をうけ二度目の襲撃の時にクァントリルはカンザス義勇軍に囚われる。隊長亡き後は分散コール・ヤンガーの部隊、ビル・アンダーソンの部隊などに分かれていった。そして戦後州内では北部派だった横暴な男たちの利権漁りが激しくなり、ジェシー・ジェームズの登場となる。彼は1847年生まれ兄フランクは4歳上である。実父は牧師だがただの牧師ではなく妻と二人の子を残しカリフォルニヤへ金探しに行き死亡する。残された母は2度再婚する。育った場所は今でも残っているようで入場料を払うと入れるようだ。場所はカンザスシティからミズーリ河を遡った町セントジョセフから東南に30マイル程行ったプラッツバークの近郊である。此処からは夫々の映画でお楽しみください。
左からジェシー母親ゼレルダ兄フランクと言われている写真 |
暗殺者フォード兄弟の一人チャールズ |
その他の関係事項
主だった襲撃先
| 1866年2月 | ミズーリ州リバティでの銀行襲撃、偶然通りかかった一般人が弾丸にあたり死亡している。 |
| 1866年10月 | ミズーリ州レキシントンで銀行襲撃 |
| 1867年3月 | ミズーリ州サヴァンナで銀行襲撃 |
| 1867年5月 | ミズーリ州リッチモンドで銀行襲撃、この時は町民が気づき銃撃戦となり民間人3人死亡 |
| 18685月年 | ケンタッキー州ラッセルビューで銀行襲撃 |
| 1869年12月 | ヤンガー兄弟と組んでミズーリ州ギャラティンで銀行襲撃、この時初めて無抵抗の銀行員が殺され、残された馬からジェシーの犯行であることがわかる。 |
| 1871年6月 | アイオワ州コリドンの銀行襲撃、わざわざ教会に集まっていた人々の所に銀行が襲われたことを知らせた後逃走した。 |
| 1872年 | カンザスシテイの農業博覧会の会場に馬で乗りつけ衆人の見守る中、入場料の入った箱を持ち去った。 |
| 1873年7月 | アイオワ州アデアで初の列車強盗 |
| 1876年9月 | ミネソタ州ノースフィールドで銀行を襲うが、ピンカートン探偵社の策略にかかり、壊滅的な打撃を負う。ヤンガー兄弟は全員負傷で逮捕される。 |
| コール・ヤンガー 本名トマス・コールマン・ヤンガー、ミズーリ生まれ。南北戦争勃発と同時にクァントリルのゲリラ部隊に参加。このためこの州の悲劇州内での南北の確執で北軍派のジョイ・ホーカスに家を焼かれ父が犠牲になった。この憎しみが戦後、弟ジム、ジョン、ボブと共にジェーシー、フランク兄弟との史上最強のギャング団を作ることとなる。教養高く冷血、勇猛だった。戦後ジェームス兄弟と銀行、鉄道を襲う。ピンカートン探偵社の探偵ににジョンが撃たれるが探偵2名も死んでいる。76年ミネソタ州ノース・フィールドの銀行襲撃で罠に落ちたときに兄弟全員が負傷し逮捕された。ボブは獄中で死亡、ジムは25年の刑のあと自由になったが恋愛が原因で自殺。コールは終身刑だったが25年で自由になった。出所後、自叙伝「コール・ヤンガー物語」を書いて出版、そしてジェシーの兄フランクとワイルド・ウエスト・ショーに出演もした。探していたら兄弟の写真が見つかりました中段右がコール・ヤンガー、二人がボブ、ジムらしいがどちらがそうなのかは資料では解りません。上の女性は姉妹ヘンリエッタのようです。歴史的には解りませんが、このギャング団、私はこの人が重きを置いていたように思うのですがね。ただただ死に方の悲劇がジェシーをあまりにも有名にしたように思うのですが?・・・・映画は「ロング・ライダーズ」「嵐を呼ぶ銃弾」 |
| ピンカートン探偵社 写真は南北戦争中北軍の情報活動をしていた時の創設者アラン・ピンカートンです。アラン・ピンカートンはスコットランドからの移民でシカゴ警察の刑事をした後独立し探偵社を始める。初めは鉄道会社の護衛が主な仕事であったが、戦争中にリンカン大統領の列車内暗殺を未然に防ぎ一躍全米に知られることとなった。戦後は有名なジェシー・ジェームス兄弟、コール・ヤンガー兄弟を追うが自社の探偵が次々と殺され、報復として探偵側がジェシー・ジェイムスの母の家に爆弾を投げ入れ9歳(映画では15歳)の異父弟は即死、母は右手切断の重傷と言う事件を起こし世間から非難されるが、ミネソタ州ノース・フィルドの銀行襲撃でヤンガー兄弟は壊滅ジェシー兄弟はかろうじて故郷に帰りつくがジェシーは賞金25000$に眼のくらんだ部下のフォード兄弟に裏切られ後ろから射殺され、兄フランクは自首し事件は終了した。後に会社は2人の息子に引き継がれワイルド・バンチとの銃撃戦に勝ち彼らを南アメリカへと追い払うことになる。 |
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関係の映画
| 邦題 地獄への道 原題 JESSE JAMES「1939」日本「1951」「1953」カラー 監督 ヘンリー・キング 出演 タイロン・パワー、ヘンリー・フォンダ、ランドルフ・スコット ![]() |
どうしても見たかった映画なので遂にDVDを買ってしまいました。やはり凄い映画でした。「ロング・ライダーズ」、「アメリカン・アウトロー」の原形がこの映画なんですね。南北戦争後、西へと言うことで対インディアン、鉄道敷設と西へ西へ、場所はミズーリ州リバティの町。この州そのものが南北戦争では悲劇の州で州内で南北に分かれていたということもあり南軍正規軍ではなくゲリラ部隊の者が多かった。そのため戦後はアウトローとして追われた。クァントレル、ジェームス兄弟、ヤンガー兄弟、ダルトン兄弟たち。鉄道会社の土地の強引な買取のイザコザで母親を爆弾で殺されたジェシー「タイロン・パワー」フランク「ヘンリー・フォンダ」兄弟は母親の復讐のために鉄道会社の土地買取人を撃ち殺し、その後列車を襲う。愛するジーのために一度はよく立場の判らない男らしい保安官ウィル・ライト保安官に自首するが、保安官も騙されていた卑怯な鉄道会社のために絞首刑が決まる。兄フランクの活躍で脱獄する。ジェシーはトマス・ハワードの偽名でジーとセント・ジョゼフの町で暮らすが常に落ち着かず家をでる。その間にジーは男の子を生む。何故かジーの傍には何時もウイル保安官がついている。この辺りから仲間の結束がおかしくなり兄フランクが部下との仲を取り持つ、この時のフランクの台詞がよろしいなあ。鉄道はジェシーの仲間を落としいれるためにジェシーを殺した者は罪は許され25000$の賞金を賭ける。探偵ラニアンに踊らされたロバート・フォードがミネソタ州ノースフィールドの銀行を襲う計画を漏らし待ち伏せされる。兄弟で逃げるがジェシーは弾丸をうける。この逃避行での崖から河への馬とのジャンプは凄い迫力である。そしてジェシーは何とかセント・ジョゼフの自宅にたどり着く。其処にはジーが息子を連れて待っていた。傷がいえたジェシーは親子でカリフォルニヤに旅立とうとするのだがフォード兄弟に後ろから撃たれて死亡する。・・・end。こんな昔に凄い「西部劇」があったんですね。長距離の旅のダスター・コート。それにジエシーは拳銃は二種類S&WとコルトSAA本当に唸ってしまいました。そしてこの映画のロケはほんとうにミズーリ州マクドナルド郡パインヴィルで撮影された。DVDが販売されております。 |
| 邦題 地獄への逆襲 原題 THE RETURN OF FRANK JAMES「1952」 監督 フリッツ・ラング 出演 ヘンリー・フォンダ、ジャック・クーパー、ジョン・キャラダイン |
上の後編にあたる映画です。ただ中身は大分落ちますが、隠れ住みながら弟クレム「ジャック・クーパー」黒人のピンキーとともに農場を経営するフランク・ジェームス「ヘンリー・フォンダ」は町から来た怪しい牧師からジェシーを暗殺したフォード兄弟に死刑の判決が下りたという情報をもらう、しかしその後、新聞が届きフォード兄弟が賞金をもらい死刑決定後3時間で知事命令で恩赦され釈放の情報がはいる。フランクはここで兄弟を追う決心をし二人を追う。まだ16歳弟のクレムが後を追い合流する。鉄道の金で支配されているこの地域、フォード兄弟に出された賞金も鉄道からの金だった。そこで眼には眼をで、フランクは鉄道の給料を襲うがついてきた弟クレムが発砲していまい。外から銃で撃ち込まれ運送会社の社員がその弾丸を受け死んでしまう。フランク兄弟は屋根から脱出、西に逃げたフォード兄弟を追いデンバーへ、町でフォード兄弟が陳腐な芝居をしているのを見つけ、一番舞台に近い2階席で兄弟に姿を見せる。驚いた兄弟は逃げる。弟と追うフランク追いつき岩場でフォード弟と撃ちあい相手は足を滑らせ崖から川へ落ち死亡する。デンバーに帰ったフランクは新聞社デンバー・スターの社主の娘の記者エレナアと会う。そこへ弟クレムからはボブ・フォード「ジョン・キャラダイン」が鉱山で働いていると言う情報、一方のエレナアからはピンキーの無実の死刑の情報をもらう。そして一度は鉱山に向かうがピンキーを助けるためにクレイ郡に帰る。自首したフランクの裁判が続く、この裁判がこの映画の最大の見ものとなっているが、フランクに勝てそうも無い鉄道側はボブ。フォードを証人として立てようとするが、不利と見たボブが逃走、裁判所の前で弟クレムと撃ちあいクレムは殺される。町の馬屋に逃げ込んだボブを追ってフランクが弟の銃を持ち馬屋に入る。逃げ切れないことを知ったボブは拳銃自殺をする。フランクは全ての罪を許される、そしてデンバーに帰る愛し合っている女記者エレナアを見送る。end・・・・・・・・・内容は大分落ちますがメインの拳銃はコルトSAAは出てこず、レミントン44口径とs&w44口径と昔のいい「西部劇」ですねえ。 |
| 邦題 無法の王者「ジェシイ・ジェイムス」 原題 THE TRUE STORY OF JESSE JAMES「1957」 監督 ニコラス・レイ 出演 ロバート・ワグナー、ジェフリー・ハンター、ホープ・ラング |
ジエシー・ジエームズの映画は何本も作られているので物語りはよく似たストーリーなので省略させていただきます。この映画は私が唯一劇場で見ているジェシーの映画ですが、今見直してみると当時売り出しのジェシー「ロバート・ワグナー」フランク「ジェフリー・ハンター」最愛の妻ジー「ホープ・ラング」と最高の組み合わせなのですが「ロング・ライダーズ」、「地獄への道」などと比べると少しがっかりという感じでした。そして珍しくミネソタのノースフィールドの銀行襲撃失敗からカットバックで進んでいく。この失敗でヤンガー兄弟を失いほぼ壊滅する。南北戦争ではミズーリは中途半端な位置にあり農園の出身の兄弟は南軍に身を投じるが、正規兵でなくゲリラ部隊に入ったことが後々彼ら兄弟を悪の道へ走らせる。ただどの映画にも出てくるミネソタからの逃亡中の兄弟の馬での川へのジャンプ、この映画ではレミントン探偵社となっているピンカートン探偵社のジェシーの家への爆薬の投入、これにより義弟は死亡、母親は片腕を失う。世話になった農園の老婆の借金を不動産屋に返させ、帰り道の不動産屋からその金を取り戻す話などは、全部見せ場として入っている。そしてラストは堅気に戻ろうとする時、妻子供のために変名で借りていた家からの引越しの準備の時、両脇に下げた二挺のレミントン・アーミーを外しフォード兄弟に与える。そして壁の絵を外そうとした時にフォード兄弟に自身の銃で背後から撃たれ死亡する。兄フランクは軽い罪で服役し解放される。手抜きですんまへんend。・・・・・・・・この女優さんこのあと第二次大戦中の映画「若き獅子たち」に確か出ていましたねえ。この時は最高に光っていました。探せばビデオが販売されていますので手に入るかもわかりません。 |
| 邦題 ロング・ライダーズ 原題 THE LONG RIDERS「1980」 監督 ウォルター・ヒル 出演 キャラダイン兄弟、キーチ兄弟 ![]() |
南北戦争に敗れほんの少し前までは戦闘行為であった北部の銀行襲撃、それが敗戦と同時に犯罪行為になってしまったコール・ヤンガー兄弟、ジェシー・ジェームズ兄弟の物語ですが、本当の兄弟の俳優が扮しリアルであります。コール・ヤンガー「デビット・キャラダイン」ジム「キース・キャラダイン」ボブ「ロバート・キャラダイン」ジェシー・ジェームス「ジェームズ・キーチ」フランク「ステーシー・キーチ」その他ミラー兄弟、フォード兄弟と4組の本当の兄弟が演じています。銀行、列車と好調にはこんでいた稼業に陰りがさし1876年9月に遥かミネソタのノースフィールドの町の銀行を襲い失敗する。この失敗はピンカートン探偵社の罠であったり、この映画のような失敗であったりと作品でいろいろですね。ヤンガー兄弟は全員手傷を負い此処で捕らえられる。ジェシー兄弟は逃げのび前から仲間に入りたがっていたフォード兄弟を入れる。が兄弟は探偵と密約を結んだ暗殺者だった。ジェシーが絵を直しているときに通説どおり後ろから射殺する。兄フランクは自首ジェシーの棺と拘束されたフランクの汽車が走り去る場面でend・・・・・・しかしデビット・キャラダインはいいですね。一番父親に似ていますね。全く自分のままでやっているようで、とくに笑顔がことのほか素適でした。愛人ベルを追いテキサスへ、結婚しているベルの夫のインディアンとの混血青年サム・スターとのスカーフの両側を口で噛んでのナイフでの決闘は迫力一杯でありました。この結婚が女盗賊ベル・スターをつくりあげた。そしてミネソタの銀行襲撃失敗の後、傷ついた弟を馬に拾い上げ、逃げるときの二人乗りの馬で塀を越える場面。この場面も迫力がありました。古い作品をその後に見ましたのでこの映画のほうが過去の作品にかぶっているのでしょうが、ジェームス、コールの兄弟を本物の兄弟の俳優が演じているのが上手くはまっていますねえ。私はジェシーの映画ではこの映画が一番好きです。DVDが販売されております。 |
| 邦題 ワイルド・ガンズ 原題 WILD GUNS「1995」 監督 ロバート・ボリス 出演 ビル・パクストン、ロブ・ロウ、ランディ・トラビス |
この映画では終戦後、自家の農場で働いているジェシー「ロブ・ロウ」とフランク「ビル・パクストン」のところに鉄道会社の手先、悪魔の使いのような爺さんが現れフランクが撃たれるが軽症、二人が急いで家に帰ると義父は撃たれて死亡、家は爆弾を放り込まれ爆発炎上していた。二人は母と小さな弟を燃える家から助け出す。復讐のためジェシーは町の酒場から出てきたその男と対決、兄フランクより腕の落ちるジェシーは当然負けるのだが男の銃が弾丸切れ、ジェシーが男を殺す。ここから兄弟は復讐のためコール・ヤンガー「ランディ・トラビス」兄弟達仲間を集め鉄道会社の関連の銀行、駅馬車、鉄道を襲い始める。鉄道側はピンカートンに依頼しジェシー達を追う。逸話の事で内容が変わっているのはノース・フィールドの銀行強盗失敗の時に後にジェシーを暗殺するチャールズ・フォードが捕まっており、ピンカートンがジェーシー暗殺を恩赦の条件にチャールズを牢からだす。兄弟はジェシーの家に、二階に上がったジェシーは娘が「もう引越しは嫌」といっているのを聞き、此処までと腹を決めフォード兄弟に背中を見せる。フランクはミズーリ州に自首し三度の裁判は無罪の判決がおりる。ピンカートンはまたも再審を求めるが途中で心臓発作で死亡する。一方フォード兄弟はチャールズは自殺、ロバートは酒場を開くが初日に酔ったカウボーイに撃たれ死亡したという。end・・・・・・・ここらに来ると俳優の拳銃の扱い方がなっておりまへんなあ、嘆かわしい |
| 邦題 アメリカン・アウトロー 原題 AMERICAN OUTLAWS「2001」 監督 レス・メイフィールド 出演 コリン・ファレル、スコット・カーン ![]() |
今の映画のテンポと「西部劇」の時代で映画を撮ろうとすれば、矢張り此処に落ち着くようですね。「ロング・ライダース」もそうでしたが、南軍遊撃隊クァントレル・ゲリラのジェシー・ジェイムス、コール・ヤンガー兄弟の強盗団の話です。敗戦後北部からの鉄道用地の強引な買い付け、北部系銀行の利子の高さ。等を背景に紳士的な強盗ジェシーの名前は上がるばかりでした。今回はピンカートン社の探偵がなにやら怪しい位置づけでジェシーに肩入れをする立派な男のようになって居りました。新妻が大砲まで持ってきてのジェシー救出はお笑いですが、ジェシーの悲劇までは描かれておらず、楽しい現代風の「西部劇」になっております。けっこう面白いですよ。ケーブル・テレビから自分で録画の鑑賞でしたのでDVDが発売されているかはわかりません。 |
| 邦題 荒野のアウトロー 原題 THA LAST DAYS OF FRANK AND JESSE JAMES「1985」v 監督 ウィリアム・A・グレアム 出演 クリス・クリストファーソン、ジョニー・キャッシュ、ゲイル・ヤングス |
冒頭ロバートフォードに撃たれたところから話はカットバックする。ミネソタの銀行襲撃失敗の後ジェームス兄弟はミズーリのホワイツクリークの町で兄フランク「ジョニー・キャッシュ」はベン・ウッドソン、ジエシー「クリス・クリストファーソン」はジョン・D・ハワードの名前で暮らしていた。フランクは真面目にこの土地で農民として暮らそうと思っていた。だがジェシーは相変わらず昔の血を騒がせていた。だが町にはワトソンというピンカートン探偵社のエージェントが住んでいた。そんな時仲間ディックが現れ新しい仲間で銀行を襲う。成功するがジェシーが負傷する。一味はケンタッキーに住んでいる叔父の元南軍少佐ハイトの家に立ち寄る。そこでジェシーの傷が見つかり元従軍看護婦の後妻に介抱される。兄の家に帰り着いた二人の前にアル中の仲間ライアンが立ち寄る。そして町の祭日馬主として草競馬で稼ごうとするジェシー負けたあと拳銃の射撃大会でワトソンの射撃に刺激されジェシーが参加する。農民として生きているのにはあまりにも上手い射撃に目立つジェシーに兄フランクが途中でやめさせる。その夜少佐の後妻に誘惑される。そしてオルガンが元の上官シェリダンから届きエドワード少佐が家に届けてくれた。その間にジエシーはライアンの持ってきた運河工事の給料を襲う。しかし酒好きのライアンは酒場で羽目を外し捕まってしまう。母親は片腕を取られ義弟アーチーを殺されたピンカートンのウエスト・フォールが機関士から車掌に昇格されている鉄道をフランクはジェームスと母親のために襲う。そしてその後フランクは農民として生きる決意をする。そしてジェシー一家はセントジョゼフに家を移す。こんな時にジェシーに生死を問わずの賞金25000$が懸かる。引越しの途中姉と住んでいるフォード兄弟の家に立ち寄る。姉はピンカートンのスパイ。弟のボブは金だけの男、この時にフォード兄弟とディックがジェシーの従兄弟を殺してしまう。姉はディックを自首させ。ボブ・フォードに司法側の協力をさす。ジェシーの家此処までと思ったのかジェシーは銃を外し絵の埃をとる。ボブ・フォードの起こす劇鉄の音に横を向くジェシー弾はこめかみへ。ジェシーの葬儀の日フランクは復讐を誓う。集まる昔の仲間達、彼らもフォード兄弟を殺すという。金稼ぎのためジエシー射殺の芝居をかけて回るフォード兄弟この芝居を見て殺そうとするフランクをエドワード少佐が止め、フランクは自首、裁判の結果無罪を手に入れる。10年後コロラド州クリードで酒場を経営しているボブ・フォードの店の前の酒場に復讐のために現れたフランク、ボブ・フォードの店を放り出された客がショットガンを隠しフォードを殺しにでかける後を追う元の仲間エド・ケリー。店内でショットガンを奪いエドがフォードを射殺する。end |
Aワイルド・ビル・ヒコック伝
この出立ちで身長185Cm体重90kg、長髪、漂う上品なオーディコロンの匂い そして数々の武勇伝、レディキラーぶりが解るような写真ですね |
デッド・ウッドにあるワイルド・ビル・ヒコックの墓 その後方の墓はカラミティー・ジェーンのものです。 |
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このために何冊かのワイルド・ビル・ヒコックの伝記を読んで照らし合わせた結果、昭和48年2月1日発行の「GUN」誌の根本忠さんの(ワイルド・ビル・ヒコックと愛銃)が一番詳しく、そしてヒコックの生きた時代が銃がパーカッションから金属薬莢に移る時代でもあり、銃好きの私の好みでもあったので参考にさせていただきました。さてワイルド・ビル・ヒコックは1837年5月27日イリノイ州トロイ・グローブで長老派教会の助祭で熱心な奴隷解放主義者ウイリアム・アロンゾ・ヒコックの男5人、女2人の中で2番目に生まれた子供だが順番がわからないので何男かは解らない。本名ジェームス・バトラー・ヒコックといい少年時代から射撃には秀でていたようだ。18歳のときに荷馬車の御者となるが喧嘩で仲間を運河に叩き込み殺してしまったと旅に出るがこれは彼の思い込みで相手は生きていた。1855年カンサスで自由州主義のジームス・レーン将軍傘下の軍レッド・レックスに参加、この時に父の名ウイリアムを使ったことからウイリアムの愛称ビルと呼ばれるようになり、やがてワイルド・ビルとなる。この部隊は私設部隊でカンサスを奴隷州にしようとする奴隷制度擁護主義者たちの雇った無法者たちとの戦いが任務だった。何年か戦った後農場をしようとしてジョンソン郡モンティセロにやってくるが、ここで保安官となる。銃はイギリス製ディーン・アダムス・パーカッション45口径WAだった。退屈な仕事だったの退職しラッセル・メジャーズ&ワッデル運送の御者をやる。1860年ニューメキシコト州とコロラド州の州境のレートン峠で灰色熊と戦い6発の弾を撃ち込んだが倒れずナイフで胸を抉り倒すが自分も瀕死の重傷を負いサンタフェで手当てカンサスシティで治療に専念。会社は静養を兼ねて1861年3月初めにネブラスカ州ロック・クリークの中継所に彼を派遣した。所長のデービッド・C・マッカンレスのもとで働くようになった。ヒコック23歳の時だった。彼は声は女のようで上唇が前に出ていたので渾名をダック・ビルと呼ばれていた。この渾名を嫌っていた彼は不機嫌なときに「ダック・ビルさん」と呼んだ少年アンディ・マッコール9歳を殺してしまう。この子の兄12歳の名がジャック・マコールである。二人は貧しい未亡人の子供だったのと南北戦争前の不安定な時期だったので事件はうやむやに終わった。1861年5月1日中継所長マッカンレスは中継所の権利、土地、建物を全て本社に売り払い、自分の牧場に移った。ヒコックと同僚のドク・プリンクは新任所長ホーレス。ウエルマンのもとで働くこととなった。7月12日の午後マッカンレスが従兄弟のジム・ウッヅ、使用人ジム・ゴードン、息子モンローを連れ中継所に現れた。中継所の売却金を受け取りに来たのだが新所長ウエルマンは本社から金が届いていないので会おうとしなかった。これに怒ったマッカンレスが押し入ろうとした。止めようとしたヒコックにマッカンレスが銃を抜いたことから銃撃戦となりビルはマッカンレスと連れてきていた2人を撃ち殺す。息子のモンローがやっとのおもいで逃げだした。これがロック・クリークの決闘と言われるものだ。銃はコルト1851年ネービー36口径、6連発だった。そして北軍入隊ジョン・C・フレモント将軍のもと補給馬車隊の隊長をやる。何故かカスター将軍には好意をもたれていたようでカスターの美人の妻とも浮名を流したようだ。その後、偵察、諜報員となる。1862年3月6日から2日間のアーカンソー州ピー・リッジの戦いでカーティス将軍の下で南軍の二人の将軍スターリング・プライスとベンジャミン・マカロックが率いる南軍兵士36人を倒し、突撃命令をかけていたマカロック将軍も射殺する。1864年退役した彼はミズーリのスプリングフィールドに現れる。博打で生計を立てていたが町のボス南軍崩れのデーブ・タットと女の事で対立1865年町の広場で75ヤード(68m)の距離で対決する。最初にタットが撃ったが外れ次の瞬間左肘に銃身を乗せて発射されたビルの弾がタットの心臓を貫いた。この二つの決闘を取材に来ていたニューヨーク・ハーパーズ・ウィークリィ社の記者ニコルズによって発表され1867年2月ワイルド・ビル・ヒコックの名前は全国区になった。このころビルは再び軍に戻り偵察員として2年間勤務する。1869年5月ビルの姿はカンサスの無法の町ヘイズ・シティーに現れる。町の要請で保安官になり町の無法者のボス、ジャーク・ストローハンと衆人の見守る中対決射殺する。だが町に騎兵隊の駐屯地が出来て兵隊が遊びにやって来るようになり、ある夜酒場で乱闘騒ぎ、止めに入ったビルは袋叩きにあう。この際に2名の兵士を撃ち殺しシェリダン将軍の部下に追われるがエルスワーク付近に潜みほとぼりが冷めるのを待った。1871年テキサスからの牛の積み出しの町アビリーンでは銃を所持しない鉄拳の名保安官トム・スミスをハンマーとマッコネルという無法者に殺され後任を探していた。ビルはこの町のアラモ・ホテルに滞在185cm体重90kgの堂々たる身体に高価な衣服、高価な60$のブーツを履き、ホテルの博打場を仕事場として相変わらずのレディーキラーぶりの生活をおくっていた。市長は市議会の反対を押し切り彼を保安官に任命する。時に1871年4月給料は月150$、罰金徴収の際にはその1/4、野犬一頭射殺50セント、後任者の月給が50$だった事を思うと大した優遇ぶりである。酔ったカウボーイたちを厳しく取り締まり町は落ち着いたが困ったのは酒場、遊技場業者たち、そんななかの一人に有名なガンマン、ベン・トンプソンと組んで酒場「ブルズ・サルーン」を経営していたフィル・コウがいた。そして二人の間ではジェシーという女の事でトラブルもあった。テキサスに牧場も持っていたコウはジェシーをテキサスに連れ帰ると発表。お別れの祝宴で祝い酒に酔っ払ったコウが通りに出ると犬が吠えつきコウの踵に噛みついた。怒ったコウは銃を抜き撃ち殺した。この銃声を聞きつけてヒコックが駆けつけた。酔っ払っていたコウがヒコックに撃ちかけヒコックは2挺のウイリアムスン・デリンジャーで応戦6フィート(1.8m)の至近距離で2発腹に打ち込みコウを射殺した。だがこのころから眼が悪くなっていたのか応援に駆けつけたマイク・ウイリアム保安官助手を敵と間違えて射殺するという大失敗をやってしまう。この事件から間もない12月13日にアビリーン市議会から解雇される。1874年作家ネッド・バントラインに招かれニューヨークに出かけバントラインの書いた劇「草原の偵察員」に自分の役で出演したりした。そして旧友バッフロー・ビル・コディの「ワイルド・ウエスト・ショウ」に出演するが、持病、緑内障の悪化でほとんど眼は見えなくなっていたようだ。眼の見えない拳銃使いに必要のなくなったビル・コディはあっさりと彼をきってしまった。このショーで使っていた銃は銀メッキに貝殻で装飾されたグリップのコルトSAAフロンティアモデル2挺、レミントン1875アーミー2挺、ヘンリー・デリンジャー2挺だった。この後ワイオミングに移住キャンプ・カーリンの病院で眼の治療を受け右目はかなり回復したようである。ここで昔馴染みの女、レーク一座のライオン使いアグネスと結婚する。「だが一説ではこの時期にカラミティ・ジェーンと結婚しているのだが」生活のためにシャイアンからダゴダのブラック・ヒルに向かう鉱夫の道案内などもしたようだ。1876年8月2日いつものようにナンバー・テン酒場へポーカーに出かけたヒコックは壁を背に出来るいつもの自分の席に友人のマッセイ船長が座っているので仕方なくドア側の席に座った。全員がゲームに夢中になったころ9歳の少年を殺した時12歳だった兄ジャック・マッコールに製造番号2079のコルトSAAで至近距離から後頭部を撃たれて死亡する。この時の彼の手札はスペードとクラブのAと8のツウペアだった。この時から、この手札を「死人の手」とよび不吉がる風習が出来た。この時の彼の銃はS&Wモデル2、32口径だった。そして愛用のライフル、シャープス1852カービンとともにデッド・ウッドの共同墓地に葬られた。映画はやはり油の乗り切った時のゲーリー・クーパーの「平原児」でしょうね。
参考「cun」1973年2月号、歴史読本「西部英雄伝」、西部劇の世界、西部劇入門
![]() ディーン・アダムス45口径WA 写真の銃は南軍将校の持ち物であった銃ですが、若いヒコックがこの高価な英国製のこの5連発45口径ダブル・アクション、パーカッションの銃を使っていたのは以外でした |
![]() レミントンM1875アーミー 44口径6連発当然金属薬莢の銃です。案外とコルト・ピースメーカーよりも頑丈さが受けていたのか拳銃使いにこの銃のファンが多いようですね。ジェシー・ジェームズはじめそのメンバーなど保安官、ギャング両方に愛されたようです |
![]() コルトM1851ネービー ロック・クリークから南北戦争にかけてヒコックが愛用したパーカッションの36口径6連発 |
![]() ウイリアムソン・デリンジャー この単発の拳銃2挺でフィル・コウに2発撃ちこみ、救援に来た味方の保安官助手を間違って射殺するのだがよほど早く次弾を装填したのでしょうか。ちょっと疑問の残る話ですね |
![]() シャープスM1852カービン ヒコックとともに埋められた愛銃シャープス1852カービン写真は残念ながらM1855カービーンです |
![]() s&wモデル・2・32口径 ジャックに背後から撃たれ一言も発することなくポーカーテーブルに倒れ伏した時にすでにハンマーを起こしたこの銃を握り締めていたと言う説もある。当然金属薬莢銃です。 |
BBILLY・THE・KID伝
![]() 提供JOE様 |
本名ウイリアム・H・ボニー通称ビリー、ザ、キッド、1859年11月23日ニューヨークに生まれる。12歳の時に母親の再婚相手つまり継父をナイフで殺害。ニューメキシコ準州において親友でもあったパット、ギャレットによって射殺される。この時、年齢21歳このあいだに21人を殺害。こう書いてみるとただの極悪不良少年の短い生涯でありますが、幼い時に両親と死別した私の21歳の時に照らし合わせて見たとき、もう一つの彼の人生が見えてくるような気がします。当時のリンカーン郡は州自身が準州でもあり治安体制も整っていなかった時代。ここで利権と金との覇権を争う牧場主達の争いに巻き込まれた人生に陰りを持った少年の姿が見えるのですが。原作でだいぶ違うと思いますがポール・ニューマンの「左ききの拳銃」バル・キルマーの「ビリー・ザ・キッド」のような青年が彼の本質のようにみえるのです。どちらも牧場主のタンストール氏に拾われ厳格な彼のもとで字を学び人間として成長していた時期に、父とも慕っていたタンストールが対立相手に暗殺されこの敵を討ったことから醜い大人の政争に流されていったと、私は思いたいのです。ジョン・ウエインの「チザム」のビリーもこのように描かれていたとおもいます。どのビリーも最後はメキシコ人の愛人のところで撃たれていますから、これは事実かもしれませんねえ。当時は小説と新聞しか報道がありませんからかなり尾鰭もついたビリー伝説が広がったのだと思います。、どちらにしても大人にも可愛がられ若者にも信頼され指導力も持った若者であったと思いたいのです。「ヤングガン」のチャーリー・シーンのリーダー像が浮かぶのです。ところで余談ですが知事のルー・ウオーレスが史劇チャールトン・ヘストンの「ベン・ハー」の作者だと昔読んだ記憶があるのですが?。どちらにしても私の心の中に住んでいるビリー・ザ・キッドは、もしその時代その場所に私が住んでいれば良い友人になれたような気がしてならないのです。ただ残っているビリーと言われる写真がもう少しハンサムであればと残念です。下に私好みで作品をならべて見ました。写真が彼が左利きと言われていた写真ですがどう見ても右利きですね。もしこの写真を裏焼きにするとウインチェスター銃の装弾口も左になってしまい説明が付かなくなってしまいますよね。 | |
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| 左はビリーの母親、右、中央が継父のようだ。「以下の写真は1963年版pictorial・history・0f・the・wild・westよりお借りしました」右上はビリーが愛用したと言われるcoltライトニング38口径ダブル・アクション | ||
権利を全て握っていたマーフィーの店「ザ・ハウス」のようですね。此処でリンカーン郡の裁判、犯人の留置などを行っていたようです。ビリーが看守2人を殺害して逃亡したのもこの建物のようです。 |
リンカーン郡戦争 1870年後半ニューメキシコ準州で起きた事件で、当時その地方の銀行、物資、商売を独り占めしていた陸軍士官上がりのマーフィーと仲間ドーラン・ライリーの経営する建物の大きさから「ザ・ハウス」と呼ばれていた会社と、イギリスからやって来たJ・タンストールと共同経営者、弁護士のマクスウィンとの間で起きた事件である。1877年タンストールはザ・ハウスの道を挟んだ真ん前に雑貨店を開いたその店は品揃いもよく値も安く大繁盛した。そしてそれまでは「ザ・ハウス」が大牧場主チザムから買った牛を独占的にスタントン砦とメスカルロ保留地へ納入していた。前からマーフィーのあくどさを面白く思っていなかったチザムがタンストールにも牛を扱わせたのである。この頃から対立がひどくなりお互いマーフィーはガンマン集団「ザ・ボーイズ」を持ちタンストールは「整理屋」集団、この中にビリー・ザ・キッドもいた。1878年火蓋は法も手に入れていたマーフィーがブレイリー保安官達にタンストールを殺させたことから始まる。そしてブレイリー保安官達はビリー達に1878年4月に殺され戦争状態にはいる。この年リンカーン郡では30人が亡くなり病死はほんの2人ほどであったらしい。最初はマァーフィー側40人マクスウィン側60人と優勢だったが町の中央に在った石造りの頑丈な貯水場をマーフィー側に奪われたことで決着が着いた。その建物には町のいざの時の銃器、弾薬が保管されていた。弾薬の少なくなったマクスウィン側は押されてマクスウィンの自宅に立てこもった。そこを取り囲んだマーフィー達、彼は利益で繋がっていた砦の隊長も仲間に入れ軍隊までが加わっていた。そして家に火を放つのだが映画のようには燃えなかったようだ。レンガ造りなので一部屋一部屋とゆっくり燃えていったのでビリー達は部屋を移りながら戦った。マクスウィン夫人などはピアノも運ばせて弾いていたという。そしてマクスウィン夫婦は降伏、ビリー達は馬で逃走。なぜかビリーだけが殺人罪で追われることとなり、ここからはビリーの物語になります。この時の準州の知事ウォーレスは「ベンハー」の作者であります。ニューメキシコが開かれたばかりの土地のせいか登場人物が全員非常に若い事に驚かされます。そしてビリーの人物像は銃の上手い誰にでも好かれるカウボーイの青年とあったとのことでした。 |
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マクスウィン雑貨店」 「ザ・ハウス」の真向かいに造った。 |
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| 左は知事ウォーレスから出されたビリーの手配書ですが左が少し切れているので判りにくいですが500$の賞金のようですね。右はビリー・ザ・キッド「ウイリアム・H・ボニー」の墓。 | ||
大牧場主ジョン・チザム |
恩人ジョン・タンストール |
マクスウイーン夫人 |
知事ルー・ウォーレス 「ベン・ハー」の作者でもある |
3人のシェリフ達バット・ギャレット、ジョン・W・ポー、ジョームス・ブレント |
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| パット・ギャレット アラバマの裕福な家庭で育ったが南北戦争のために無一文になった。西へ向かって1869年からテキサスでカウボーイ生活のあと、1875年一攫千金でバファローハンターを3年間するが、最後の年に毛皮の分配で揉めてグレンという仲間を殺してしまう。そしてバファローも乱獲がたたり数が減ってしまう。ハンターをやめた1878年牛で景気のよかったニュー・メキシコのフォート・サムナーに流れ着く。此処でのっぽのパットは賭博場で背の小さい陽気な青年ビリーと知り合い意気投合する。1880年にリンカン・カウンティの保安官に任命されビリーと対決することとなった。ビリーを倒した後は南部へ行き牧場経営するも失敗。テキサス・レンジャースに入ったり、また牧場を経営したりしていたが1908年牧場の賃貸で揉めてショットガンで射殺された。 |
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関 係 の 映 画
| THE LEFT HANDED GUN 左ききの拳銃「1958」 監督 アーサー・ペン KIDポール・ニューマンPATジョン・デナー |
劇場で見たのは20年も前でしたがビデオで再び見てもやはりこれが一番です。ポール、ニューマンの持ち味か人間としての生きていく苦悩みたいなものを感じるのですが。やはり風呂でのガラス窓に襲撃計画を書きそれがそのまま襲撃の画面にと移りまさにサウスポーでのフアニングシーン。そしてこの映画では世話になる鍛冶屋のメキシコ婦人が愛人でしたが丸腰を見せないようにパットと対決し死んでいきます。ポール、ニューマンはいい役者ですねえ。それとこの映画のパット、ギャレット「ジョン・デナー」が一番です。 |
| BILLY THE KID ビリー・ザ・キッド「1989」 監督 ウイリアム・A・グレアム KID ヴァル・キルマー PAT |
バル、キルマー彼はトップガンにもでていたようですが、トゥムストンのドク・ホリデイそしてこのウイリアム、ボニーこの二本の西部劇で惚れてしまいました。内容は「左ききの拳銃」に乗っていますが、彼の魅力で十分私好みのビリーになっております。もし私が若く「左ききの拳銃」を知らなければ一番に持ってきたと思います。この俳優が大成することをねがっております。 |
| CHISUM チザム「1970」 監督 A・V・マクラグレン KID ジョフリー・デュエル |
これはビリーの映画では無くジョン・ウエインの映画でありますのでやはり一番爽やかなビリーになっております。恥ずかしながら俳優の名が解らずある方から教えていただきました。この映画はビリーは復讐を終え去っていくところでend、死にません。 |
| ビリー・ザ・キッド 21歳の生涯 監督 サム・ペキンパー KID C・クリストファーソンPATジェイムス・コバーン |
最近のケーブルテレビの番組でみたのですがのパット、ギャレット「ジェイムス、コバーン」こんな憎たらしいパットも珍しいのではないでしょうか?原題が「パット・ギャレット、アンド、ビリー・ザ・キッド」ではしかたがないでしょうかねえ。さすがペキンパー監督、二階からのビリーがショットガンで保安官助手を撃つ場面はスローモーションで実射で散弾が銃口から出るのがはっきりと解りました。キッドの映画としては好きな部類にはいります。最近、もう一度鑑賞しましたが大人のギャレットを少し見直しました。そしていい役者が沢山出ていたのですねえ。知事ウォーレスに「ジェイソン・ロバーズ」友人なのに保安官補になって決闘する男「ジャック・イーラム」そして「リチャード・ジャッケル」あと「チル・ウイルス」?も出ていたかな。見直してよかった映画でした。 |
| YOUNG GUN・ヤングガン「1988」 監督 クリストファー・ケイン YOUNG GUN U・ヤングガン・2「1890」 監督 ジョフ・マーフィー KID エミリオ・エステベス |
この映画はまさに若者の映画になっています。おじさんには向きません。なんと言ったらいいか人を撃ち殺すと言うことにレクリエイションの気持ちだけで撃っているようで好きになれません。自分をねらうガンマンの銃を借りて弾を抜くときもああも簡単に成功するとは思われません。せめてバル、キルマーくらいの芸はしてほしいですね。しかし史実にはあるていど乗っておりますが。生きて終わるのはたまりません。ヤングガン2になりやっとキッドらしい映画になりましたね。ヤングガンがあまり好きでなかったのでしばらく見なかったのですがこの映画は納得いたしました。いきなり現代からスタートには驚きました。パット・ギャレットの設定も一番納得するものでした。しかしシャープス・ライフルはすごい銃ですね。バッファロー・ハンターが愛用していたのが解りますね。あのすごい口径の銃が出てくるだけで画面が締まります。あんなので撃たれれば死ななければ仕方のないという銃ですね。ヤングガン2をみて良かったと思っております。 |
| THE KID FROM TEXES テキサスから来た男「1949」 監督 カート・ニュウマン KID オーディ・マーフィー |
オーデイ、マーフィー第二次世界大戦のヨーロッパにおいての英雄です。自分の伝記映画地獄の戦線で映画界入りそのごB級西部劇の花形。この時の衣装はたしか短い黒革のジャンパー(言い方が古すぎますかねえ)を着込み確か2丁拳銃のガンベルトだったと思います。短身童顔まさにキッドにぴったりの体型ですが人の良さそうな顔誰にでも騙されそうで怖いです。内容は見た事には間違いありませんがストーリーが思い浮かばないのです。ごめんなさい、とくにオーデイーファンにはお許しを。大作はバート、ランカスター。オードリ、ヘップバーンの「許されざる者」だったと思います。その後飛行機事故で亡くなりました。 |
| THE OUTLAW ならず者「1943」 監督 ハワード・ヒューズ KID ジャック・ビューテルPAT トマス。ミッチェル |
億万長者の奇人ハワード・ヒューズが「ジェーン・ラッセル」を売り出すための映画のようですね。05年これもDVDで発見鑑賞。なんと私幼き時にこの映画見ているのですねえ、それも田舎の映画館でビリーが子供の笛を作るための穴を拳銃で撃って作ってやるところ、ドクに両耳の先を撃たれる場面覚えておりました。話はリンカンの町の保安官パット・ギャレット「トマス・ミッチェル」の所に親友のドク・ホリデイ「ウォルター・ヒューストン」が現れ赤毛の馬を探しているという。探し出した馬はビリー「ジャック・ビューテル」が乗っていた。ここからドクとビリーのこの馬を廻っての駆け引きが始まる。ビリーは馬を守るために馬屋で寝るが襲われる。取り押さえるとビリーが撃ち殺した男の妹リオ「ジェーン・ラッセル」だった。翌日、保安官補の地位を狙う男の罠に落ちてビリーはその男を射殺。取り押さえにきたパットと酒場でトラブルがあり撃たれる。ドクは保安官補たちを倒し自分の女が叔母と住んでいる家にビリーを匿う。この女がなんとリオだった。ドクはパットたち追っ手を惑わせビリーを救う。追っ手を撒いて家にたどり着くと傷の癒えたビリーとリオとは結ばれていた。ドクとビリーは追っ手を逃れて旅立つがリオに図られパットには追われる水筒には砂が入れられていた。ビリーは復讐にリオの元に返る。一方ドクはパットに捕まり二人で水場に着き括られたリオを発見パットはビリーが引き返してくるとみて待ち伏せ、やってきたビリーも捕まるが、ここでインディアンの登場何とか逃げのびた四人はフォート・サムナーの近所の民家で休ませてもらう。パットはフォート・サムナーに使いを出す。ここで馬を廻ってビリーとドクの対決8時の鳩時計の最後の音で撃ち合うがビリーは抜かない。ドクはビリーの手の甲、両耳を撃つがビリーは抜かない。友達は撃てなかったのだ。そして2人で旅だとうとするが今度はパットが止める今回はドクがパットを撃てなくパットに撃たれてしまう。ドクを埋葬したビリーは旅だとうとするがパットに呼ばれる。パットはビリーにドクの拳銃を形見にやるという。その代わりにビリーの銃を自分にくれという。訳はパットがビリーの銃を持って帰るとビリーは死んだ事になるからだ。二組の銃のバランスをみていたビリーが自分の銃をパットに渡すと今度は逮捕にかかるパットはドクの拳銃の撃針を抜いていたのだ。勝ち誇ったパットがビリーの銃で撃つのだがその銃が撃針の無いドクの銃だった。そしてビリーは自分の銃を置きパットを柱に括り、リオとともに旅立つ・・・・end。これは本当に良く出来た「西部劇」ですねえ。細かなところは別として充分にA級の映画です。ビリーが怪我の間にチョロチョロする雄鶏が次の画面では料理になっているところなんか笑いますね。それに「ジェック・ビューテル」よろしいですね。創られた年が1943年放映が数年遅れたために本当なら大した「西部劇」の役者になっていたでしょうね。野性的な顔としなやかな身体、本当に残念な俳優です。なんとウォルター・ヒューストンが大好きな監督ジョン・ヒューストンのお父さんなんですねえ。 |
| 最後の無法者 BILLY THE KID「1941」 監督 デイビット・ミラー 出演 KIDロバート・テイラー、 PAT「ジム」ブライアン・ドンレヴィ ![]() |
不思議なご縁で大先輩からアメリカ国内のホーム・ビデオを戴き鑑賞いたしました。英語はさっぱりの私必死の思いでストーリの解釈、間違っているところはお許し下さい。冒頭親友メキシコ人のペドロを牢から助け出したビリーは町へ酒場でボス、ダンと知り合う。そして手下達と牛の群れを襲う。牛は牧場主エリック・ケーチングの牛でビリーとチャック・ワゴンを挟んで向かい合ったのはカウボーイ頭のジム・シェリダン「ブライアン・ドンレヴィ」なんと二人は幼友達だった。翌日ジムからビリーのことを聞いたエリックは単身ダンの酒場に出向く。エリックとともに彼の牧場に向かうビリーにエリックは銃を捨てるように忠告する。そしてエリックは銃は持たないが腕はあることをビリーにみせる。一度は牧場を出たビリーだがダンの手下が新聞発行人に難癖を就けているところを見つけとめる。このことでダンと別れたビリーはペドロとともにエリックの牧場で働き始める。エリックは知事と掛け合いジムを連邦保安官にすえる。ある日見回り中ダンの手下と出会ったビリーは二人を追い払うが付近でペドロの死体を発見する。敵をとろうとするビリーはここでもエリックり諭されペドロを思い出の場所に埋めてやる。エリックの美しい妹の誕生日に出かけたエリックだが馬だけが帰ってくる。エリックを探すビリーは彼の死体を発見する。ここで再びビリーは銃を持つ。ジムは人手を集めて町へダン一味と銃撃戦になりそうになるが話し合い。どうしてもダンを許せないビリーは、仲裁に入った新聞発行人とともに留置場に入れられる。町の保安官も当然ダンの手下。ビリーを殺そうとするが逆にビリーに殺される。ここからビリーの復讐が始まる犯人の四人を次々と倒しダンとジムが小屋の中のビリーと対峙するビリーはジムの止めるのもかまわずダンを射殺する。どうしてもビリーを逮捕しなければならないジムとの対決、ビリーは小屋から出るときはガンベルトを逆に着け右手で抜く、ジムに勝たすためだった。そしてジム撃たれたビリーはジムの腕の中で死んでいく・・・・・end。リンカン軍事件を素材にした話でした。私が生まれる三年前の映画です。ロバート・テイラーの若いこと。セット部分はお粗末だがロケ地の風景は最高に素晴らしい。 |
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